毘沙門天

毘沙門天の由来

当山の毘沙門天像は江戸城本丸にあったもので、徳川家五代将軍綱吉の側室、瑞春院殿の発願により御堂とともに本寺に寄進されました。この像は『北向きの毘沙門天』といわれ、徳川家康が北方の仙台藩伊達氏が謀反を起こさぬよう、北方の守護神、毘沙門天を北向に安置し祈願したという。以来江戸庶民の崇敬を集め、福運財運のご利益があるとされ『開運招福の毘沙門天』として一般の篤い帰依と 信仰の的となっております。
御堂は総欅(けやき)造りで釘を一本も使わない切組造り、手斧(ちょうな)削りで、建造年代は元禄頃とされている。 また、山門と毘沙門堂は戦災で焼け残った四谷では数少ない貴重な建築物である。

毘沙門天